僕は県内有数の温泉地で育った。
主要な雇用は観光のため、バブル崩壊後は人の動きも多かったようで小学校の頃は転校する同級生も多かった。
小学校5年になってから同じクラスになったSくんがいる。
Sくんとの付き合いは中学校までだ。
転校した友達は何人もいるが、Sくんだけはいまでもどうしているのだろうと考えることがある。
SNSが発達した現在でも会うことができないでいる。
今日はそのSくんを思い出そうと思う。
Sくんはカギっ子
Sくんは背の順で前から1番目か2番目。
僕は食べても太らない体質なので痩せていたのだが、Sくんは僕と同じくらいの身長で僕と同じように痩せていた。
僕もSくんも帰ったら家に親がいないため、カギっ子だ。
僕達以外にもそんな子は多いと思う。
Sくんはお母さんと二人暮らしのようだった。
ちょっと違うなと思ったのが、体操着に着替えるときに気づいた。
やせっぽっちの体に対して妙に太いコットンのヒモで鍵がつけられ、絶対に無くさないようにいつもネックレスのように持ち歩いている。鈴がついているときもあった気がする。
小学校低学年ならまだこのように鍵を持つのは解る。
ちょっと違うと思うところはいくつかある。
健康診断の時には靴下に穴が開いているのを見たことがある。
Sくんの靴下は青色のハイソックスでアニメか何かのキャラクターが描かれたものだ。
当時の僕にはSくんの鍵の持ち方や靴下が妙に幼く感じた。
小学校の頃は給食だった。
配膳係だけでなく、全員が給食着を着る。
給食着は週に1回くらい洗うものだったと思う。
僕も持って帰るのを忘れるほうだが、2週間に1回くらいは洗うようにしていた。
Sくんの給食着はしばらく洗っていないのか、かなり前についたと思われる汚れがついたままだ。
当時はそれほど気にしなかったが、Sくんの給食着は今思えばかなり汚れていたと思う。
中学校時代のSくん
中学になってもSくんと同じクラスだ。
小学校時代は坊ちゃん刈りのような髪型だったSくん。
中学に入ってから髪の毛が長くて散髪に行かず教師からかなり注意されていた。
ある日、登校すると教室には前髪を隠すSくんがいた。
自分で髪の毛を切ったのが聞く前からわかった。
前髪だけとにかく短くなっている。
話を聞くと、先生に注意されたので家で自分で髪の毛を切り始めたそうだ。
鏡を見ながら左右のバランスを整えようとしたらどんどん短くなったという。
クラスのみんなから笑われていて、数日そのままだったがやっぱりあの髪型は本人もかなり辛かったようで後日丸坊主になっていた。それ以降はSくんは坊主頭が定着した。
あのときあまりにもおかしな髪型だったので僕もちょっと笑ってしまった。
Sくんの貧しさが伝わるエピソードは他にもある。
修学旅行の積立金を提出していなかった。
病気が理由で行けない子もいたが、Sくんは違う。
修学旅行に来ていないことで気づいたクラスメイトも居たが、僕は積立金を提出していないのは知っていた。
それもあって髪の毛を切りに行けないというのはかなり深刻だと思った。
僕とSくんはいわゆるスクールカーストで一番下にいた。
中でもSくんは気が弱く、クラスのイケてる連中によく茶化されたりすることがある。
部活で大掃除の時、僕とSくんは生物室の掃除を任された。
他の部員たちは部室の掃除だ。
ひととおり掃除を済ませて戻ってくると掃除は進んでおらず彼らは遊んでいた。
僕たちは自分の仕事は終わらせたからSくんとその様子を遠目で見ていたら
同級生の副部長はSくんに「遊んでないでお前も手伝えよ」と言い寄ってきた。
副部長は僕には言わずにSくんにだけ不当な文句を言ってきたのだ。
僕は普段からそういう様子を見ていてとても納得ができなかった。
間に入って副部長と口論になった。
人と言い争うなんてことをしたことがなかったからとても緊張したのを覚えている。
Sくんはとなりで困った顔をしていた。
その日の下校時、Sくんが僕を呼んだ。
人気のない廊下に行ってみるとルーズリーフの1ページに「〇〇の顔」と副部長の似てない似顔絵を描いて差し出し、これを殴れと言ってきた。
無下に断る訳にもいかずSくんの言うとおりにしてみた。
なにか嫌なことがあったらこうやってストレスを発散していたのだろうか。
ちょっと恥ずかしかったがSくんなりの変な気遣いと思うと少し嬉しかった。
Sくんのアルバイト
一度だけSくんと遊びに行ったことがある。
雑談の中でSくんが時給500円というアルバイトをしていると聞いた。
当時の僕は釣りやゲームが好きで欲しいものがたくさんあった。
だから時給500円でも中学生からアルバイトをしているというSくんがとても魅力的に見えた。
僕もアルバイトをしたいと申し出て、日曜日にSくんの家の前で待ち合わせして出かけた。
昼間でもとても薄暗いアパートだった。
二人で街をぶらぶらしてから気づいた。
Sくんのいうアルバイトは自販機の釣り銭出口や自販機の下を探してお金を拾うことだった。
「いつもなら100円とか、10円があったりするんだけど…」
その日はあちこち周ったが10円も見つけることすら出来ず途中でやめてしまったと思う。
僕が思っていたアルバイトと違う落胆と同時に、親からお小遣いをもらっていた僕は人目をはばからずお金を探すSくんに自分にはないたくましさを感じた。
Sくんが急にいなくなる
そんなSくんがあるとき急に学校に来なくなった。
たまにちょこちょこ休むことがあるが、こんなに休みが続くことは初めてだった。
そしたら知らぬ間にSくんは転校していたようだった。
「ようだった」というのは転校前に挨拶などは全くなく、いつ転校したのかが全く解らなかった。
机の教科書とかがなくなっていたから気づいたのだ。
Sくんと仲がいいと思っていた僕にも何も言わずに。
担任からも何の説明もなかった。
きっとやまれぬ事情があったのだと思うようにした。
少なくとも、2年生までは居たはずだ。
Sくんと再会
それからしばらく経過し、中学3年の夏休み頃だっただろうか。
いろんなゲームを持っている不登校の友達の家に遊びに行ったらSくんが居た。
普段は学校でしか見ないSくんに久しぶりに会った。
久しぶりだったのでいろいろ聞いた。
お母さんは男の人と出て行ってからそれっきりだという。
いまは駅で数駅先の施設に居るという。
その施設では時折、「わるいやつら」から暴力を受けるという。
もうその施設には戻らないらしい。
所持品などもなく、お金も持っている様子はなかった。
どうやってここまで来たのかも聞かなかったのでわからない。
これからどうするの?と聞くと
「わからない」
…とSくんは自分で進んで話すことはしないが、聞かれたらケロッとした様子で語る。
ただ、全部は話していないようでもあった。
久しぶりに会った友人の前であまり深刻な話にならないように言葉を選んでいたんじゃないか。
いま思えば隠しごとや嘘をつかないSくんが彼なりに現状を受け入れ、話していたのだと思う。
ただ、ひととおり話を聞いてもSくんがこれからどうするのかは見当がつかなかった。
学校も、生活も。Sくん自身にもわかっていないようだった。
とりあえずは夏休み中はこの友達の家に泊まるようだった。
その日は友達と約束していたとなり町へ釣り具を買いに行った。
Sくんは釣りの趣味は無いが、置いて行くわけにはいかない。
交通費を僕と友達で出し合い、一緒に行った。
蒸し暑く、一日中曇っていたのをいまでも覚えている。
釣具屋さんに行った帰り、3人で駅の近くを歩いていた。
すると、1人の女性がいきなりSくんの両腕を掴んで目の前に立ちはだかった。
「どこに行ってたの!?」「ねぇ、どこに行ってたの!?」
Sくんがびっくりして目を丸くしている表情は今でも忘れられない。
その様子を見ていてとてもドキドキしているのが僕にもわかった。
Sくんはそのまま何も答えなかった。
その女性はお母さんではなく、白いポロシャツを着ている様子からSくんが暮らしている施設の職員のようだった。
その場で携帯電話でほかの職員に連絡をし「この子は預かります」と言って連れて行かれてしまった。
施設でSくんが受けている暴力について伝えたかったが、そんなことを言ったらSくんがチクったと思われ余計に暴力が振るわれるのではないかと思った。
それ以上に僕もSくんが施設から抜け出してきたということは知っていたから、かくまっていることが悪いことをしているような感覚だった。
僕達も怒られるんじゃないかと思ってしまい、ついに言い出すことができなかった。
こっちの方が本音かもしれない。
あの時どうすればよかったのか大人になった今でも分からない。
Sくんと別れて帰る最中、友達が電柱を思いっきり殴った。
友達が殴っていたのはSくんを取り巻く不条理や何もできなかった僕たちなのかもしれない。
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